北欧の自然享受権(からキャンプにおけるゴミ問題を考える)

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自然享受権」をご存知でしょうか。土地の所有者に損害を与えない限りにおいて、すべての人に対して他人の土地への立ち入りや滞在など、自然環境の利用、享受を認める権利(*1)です。

自然は誰のものでもないみんなのものだから、たとえ私有地であったとしても、他人がそこを通行したり滞在したりする権利を持つという、スウェーデンやデンマーク、ノルウェーなど北欧に古くからある慣習法。フランスやドイツの「森林法」(*2)のように法律で定められているものもあります。

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もちろん、何をやってもいいわけではなく、暗黙のルーがあります。

ただ、それらを要約すると「自然にできるだけ負荷を与えないようにしよう。人が困るようなことをしちゃいけない。独り占めもしない」。国によって細かな違いはあるようですが、人が栽培している野菜や果樹を無断で採集したり、ゴミを投棄したり、人家のすぐそばでキャンプしたりしない、自然に生っている果実を大量に採集しないといった、ごくごく当たり前のことばかりです。

素晴らしいですよね! 日本にもあったらいいのに!

と、一瞬思いましたが……

先日「キャンプ場におけるゴミ問題」について書きました。もし今、この権利が日本人に与えられたとしたら、とんでもないことになってしまうのではないか。そしてすぐに権利を剥奪されてしまうのではないか。残念ながら、今の日本だとそう想像せざるをえない状況のような気がします。

では、なぜ北欧諸国ではこれが可能なのでしょうか。

自然享受権はなぜ成立してるのか

自然享受権についてもう少し知りたくて、葉山在住時代の友人で、スウェーデンのアウトドア文化に詳しい寒川一さんに聞いてみました。

(参考:寒川さんの著書、関わった書籍)

良識、コモンセンス(*3)が、自然享受権を支える大きな要素です。自然を享受する権利を持っているとはいえ、国中の自然、どこでも適用できるというわけではなく、良識の範囲で決まります。破ったから罰則があるわけでもなく、罰則があるから守るのでもない。彼らの良識が、自主的、且つ互助的な常識を育てるんですね。そしてそれが国民の誇りなんです。

自然享受権は、自分の行動に責任を持つという下地があってこそ成り立つ権利と言えますが、僕の知る限りでは、幼児教育(森の教室やナイフ指導など)や家庭の教育環境が、そうした下地が生まれる背景にあると思います。また、夏が短い北極圏に近い気候風土も、自然を精一杯愛で、楽しもうという精神に寄与しているのではないでしょうか。

とはいえ、昨今は自然享受権を拡大解釈したり逆手にとる者が増えているのも事実のようです。適用を個人に限り、企業や営利目的での利用は自然享受権を適用しないといった動きも出てきています。

が、いずれにしても、人を信用し、自然に敬意を払う。これがなければ、自然享受権は成立しないでしょうね。
(チャットによる会話をawが編集しました)

歴史、自然環境、人と自然との関わり合い方、公益の考え方、教育……。非常に多くの要素に対して長い時間をかけて生まれた多くの経験や議論を経て、土台となる価値観が生まれてきているわけですから、自然享受権にしても、それを実現している国民の資質にしても、それが慣習法にしろ法律にしろ、当然のことながら一朝一夕にはできあがるものではないですね。

日本に自然享受権は合わない?

そのほか、先日参加したイベントで北欧や日本のキャンプ事情について話を聞いたり、関連する記事を読むなどしながら、日本で自然享受権は可能なのかを考えていく中で、「そもそも、欧州の自然享受権は日本人の国民性に合っているものなのか」という疑問が生じてきました。

実は、日本人の「自然を大切にする」という意識や価値観は、世界的に見てもかなり突出しているようで、「世界価値観調査」によると(*4)、日本人は「自然環境を守り、資源に配慮する」という価値観を、調査対象となった国全体の平均よりも2倍近く重視している国民であり、「自然は支配するべきものではなく、共存すべきもの」という認識を96%以上の人が有しているとのこと。

日本人は、諸外国と比べると自然を大切にする国民なのです。よく考えてみると、当然のことながら、自然の中、キャンプ場や公共の場にゴミを投棄してしまうような人は全体としては例外的で、ごくごく少数なはずです。

それでも僕が、欧州の自然享受権が日本に合わないのではと感じた理由は、まとめると以下の2点です。

  • 自然に負荷をかけないようにするのは、国民の共有物だからという意識よりも、ただ「それはいけないことだから」と考えているから
  • 過度に人に迷惑をかけることを避けるから
  • 権利は掴み取るものではなく、お上が与えてくれるものだと思っているから

あくまで僕の妄想による仮説ですが、簡単に説明していきます。

それはいけないことだから

自然に対して負荷を与える何らかの行為 —ゴミを捨てたり、木を切ったり、直火で焚き火したり— を意識的にしろ無意識にしろしてしまい、それを注意されたり咎められたりした時に、「自然はみんなのものだから、大切にしなきゃいけない」という主旨で注意された経験が、僕にはありません。

大人になってからも、自然にダメージを与えるのはダメなことだとは知っていても、それはただ道徳的、倫理的にダメなことだという捉え方をしていたし、もし子どもに「なんでお外でゴミを捨てちゃダメなの?」と聞かれても「みんなのものだから大切にしないといけないんだよ」とは言わないでしょう。

幼い頃から「山や海、森や川は誰のものでもない、みんなのもので、だから大切にしないといけないし、そこにある恵みはみんなで分けあうべきものだ」と教わって育つのと、「自然をに負荷はかけないように。なぜならそれはいけないことだから」で育つのでは、大きな違いが生じるような気がします。

これは僕の個人的な経験に基づくもので、他の人がそうではないかも知れませんが。

人に迷惑をかけちゃいけないから

日本人は他人に迷惑をかけることを極端に嫌いますよね。

「ありがとう」と言うかわりに、「(気を使わせて、手数をおかけして)すみません」と言う民族性。

他人に迷惑をかけちゃいけないと思うから、他人に迷惑をかけられたと感じるとかなり厳しく対応します。それは、電車の中での赤ちゃんの泣き声やベビーカーの取り扱いに対する厳しい意見がSNSなどで拡散されたり、貧困状態であるにも関わらず誰にも助けを求めず自力で子どもを育てようとするひとり親が多数存在することからも、明らかなように思います。

自然=誰かの所有地に勝手に入ってしまうことで、所有者に迷惑をかけてしまわないかと過度に心配してしまう日本人に、どこでもいつでも自由に立ち入ってもいいよと謳う自然享受権は行使しづらいものかも知れません。

権利は掴み取るものではなく、お上が与えてくれるもの

民主主義や人権という思想を生み出し、その他さまざまな権利を民衆の力で勝ち取ってきた欧州では、個人と権利を非常に大切にすると言われます。自然享受権もそうした背景があって生まれてきたものだと思います。

一方、現在の日本は個人より家族、会社や組織、国が優先される全体主義的な社会です(少なくとも僕にはそう見えます)。

ゆえに「お上に弱い」。

僕たちは、お上が、あるいは別の誰かが「許可」した範囲内で行動する習性があります。例えば、キャンプ場ではないところでキャンプしていると、通りがかった人から「そこ許可されてるんですか?」と聞かれることがよくあります。「許可がなければしてはいけない」という刷り込まれてるんですね。別の言い方をすれば、明確に許可されていないと安心できないし、誰かに迷惑をかけてしまうのではと心配になるわけです。

自然享受権について、誰がどこで何をしてもよいと具体的に事細かく明文化するのは難しいでしょうし、覚える方も大変です。

自然はみんなのもので、だからこそ大切にするべきものだという共通認識が前提としてあり、そこに、寒川さんが言われていたように、良識やコモンセンスによって自分自身の振る舞いを制限し、律する必要がある。それが自然享受権ならば、今の日本にはなかなか難しいと感じます。

ムーブメントをつくる

欧州の自然享受権がそのまま輸入するのは難しいとはいえ、先にも書いたとおり、日本人は自然を大切にする国民。

それに本当に自然の中でのアクティビティやキャンプが好きな人なら、自分の遊び場を汚して帰ることはしないでしょうから(そうする人がいても、それはまたごく少数だとして)、問題をおこしているの多くはアウトドアブーム、キャンプブームに乗じてはじめた新参者で、言い換えると、流行やトレンドに対して敏感であると言えるのかも知れません。

だとすれば、アウトドアでゴミを拾うという行為を、ちょっとオシャレに感じるような一種のムーブメントにするのはどうでしょうか。

北欧発症のスポーツで、今や世界的な流行にもなりつつある「プロギング」をご存知でしょうか。プロギングは、「走りながらゴミを拾う」という、かなり斬新なスポーツなのです(*5)。

プロギングはその性格から地域社会への貢献や、活動を通じたコミュニティづくりができるなど、体の健康とともに精神的にも良い影響があるとされ、単なるスポーツにとどまらないメリットに対して注目が集まっているようです。

ゴミ拾いが一つのムーブメントになっているわけです。

キャンプ×ゴミ拾い、ではあまりに安直ではありますが、オシャレで楽しそうなイベントや活動を企画し、ブームが起きるまで引き上げることができれば、ゴミの投棄を減らす一助になるかも知れません(難しいことなのですが)。

現時点では具体的なアイディアではないので、何も動けないのがなんとも歯がゆいのですが、キャンプ場についたら子どもたちと周辺視察を兼ねてゴミを拾うなど、できることから動きつつ、これからも考え続けていきます。

*1 自然享受権(Wikipedia)
*2 フランスでは森林法上に入林権の規定はないものの、所有者が森林に柵や入林禁止を明示した立札をたてないかぎり、私有林への入林は自由です。ドイツの連邦森林法では第14条で入林権を保証しています。キャンプ、登山、トレッキング、MTB等の森林レクリエーションは今や国民的要求ですが、日本では依然として私権が極めて強いのが実情です。(出典:フランス、ドイツ、日本の森林政策の展開とその特徴)(PDFファイル)
*3 コモンセンス:Common Senseは日本では一般的に「常識」と訳される言葉ですが、実際の意味合いとはニュアンスが異なります。コウビルド英英辞典にはこのようにあります。「Your common sense is your natural ability to make good judgments and to behave in a practical and sensible way.コモンセンスとは,良い判断をして,現実的で思慮深く振る舞う生まれつきの能力である」
*4 DIAMOND online 「「日本人は世界一自然環境を重視」世界価値観調査を読み解く
*5 SOCIAL INNOVATION JAPAN 「新感覚なランニング「プロギング」で新しい友達と一緒に街をキレイに
. . .
その他参考記事
・北欧の森の暮らし方 「北欧の「自然享受権」のお話
・北欧ラボ 「自然との共生 スウェーデンの自然享有権(その1)
・CityLiving 「自然はみんなのもの 素晴らしき「自然享受権」
・Togetter 「スウェーデンが国全体をAirbnbに登録「自然享受権のプロモーションかな」「ここをキャンプ地とする!ができる」
・北欧暮らしラボ 「スウェーデン取材ー自然享受権遂行するー
・「日本にはない「森への立ち入り権」を考える

aw

Live in Tottori-Pref, JPN. Love Camp, Sandwich, Coffee, Beer and Scotch on the rock. Pursuing Self-Sufficiency Life.

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1件の返信

  1. piropossible より:

    「自然享受権」という概念は、awさんのブログで初めて知りました。
    そしてawさんの考察にも”現在の日本”の状況では、なるほどなと考えさせられました。
    そしてそのことで自分なりに感じたのは、現在の日本の生活があまりにも自然を身近に感じられる状態にないことが原因の一つではないかなというものです。そもそも昔の日本の生活では、里山に隣接し常に自然の一部としての営みがあったのではないかと思います。なのでawさんが言われる様に、多くの日本人の認識に「自然は支配するべきものではなく、共存すべきもの」があるのではないでしょうか?
    自然界は、我々が考える以上に繊細で絶妙なバランス感を保って健全な状態を保っているのだと思います。
    自分も昔、山登りを始めた頃に先輩方から、登山技術だけでなく我々も自然界の一部である認識を持つことが重要で、そのことが山での自分の命を事故などから守ることになると言われ….と同時に、”他所から何も持ち込まない、何も持ち出さない”という、そこにある自然を大事にし、守っていく事が、いつまでも我々が自然相手に楽しませてもらうためには、とても重要だと教えられました。
    なので僕たち大人は、子供達に自然と触れ合いながら、その意味も考えてもらい、「人を信用し、自然に敬意を払う自然享受権の価値観」を自発的に理解できる様に導く責任があるのかなぁと思います。

    それから、awさんが再三取り上げられているゴミの問題は、我々が直面しているとても大きなテーマだと思います……..
    特に私たちの身近なゴミ問題の一つには、ペットボトルやポリ袋・発泡スチロールなど分解されて自然界に戻らない物が、しかもリユースされずに無造作に廃棄されて環境汚染を招いているという事があると思います。
    個人的にも、とても美しく綺麗な日本海をカヤック で楽しんでいる時に、浜や海岸がそれらの漂着した大量のゴミで汚されているのを見るのは、とても悲しく残念です。
    ただこれらの根底には、単にモラルだけでなく我々の日々のライフスタイルに大きな問題があるのだと考えています。
    いわゆる現代の”買って、使って、捨てて、そしてまた新しく買って”….という消費で成り立つ経済システムと”早くて、便利で、安価な”という価値観が、ゴミ問題をどんどん手に負えない大きさに成長させているのだと思います(自分も大いに反省、ため息)。
    そういう意味ではawさんがまとめられたように、自然享受権のこともゴミの問題も、自然に敬意を払い身近に自然と触れ合いながら、自分たちに出来る事をしながら、子供達とも一緒に考え続けるしかありませんね!

    “The more you know, the less you have”

    もっといろんな知恵を身につけ、さらに身軽に最低限の持ち物だけでアウトドアライフを満喫できる様になりたいものです。(遠い目な自分….)

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