ミニチュアシュナウザーがやってきた

T町ハウスに、わんこがやってきました。

ミニチュアシュナウザー、名前はマシューです。小説「赤毛のアン」に登場する、アンの初老の養父の名前です。

「子どもが生まれたら犬を我が家に迎え入れたいねー」とトム(妻)と話をしていましたが、当時はペット禁止の賃貸。T町ハウスに引っ越してから、里親制度や地元のペットショップなどで本格的に情報収集をはじめていたんです。

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マシューがやってくるまで

マシューに出会うまでは、ペットのおうちジモティといったWEBサイトで探したり、週末に地元で行われる里親募集の会に行ってみたりと、里親を募集している犬を中心に調べていました。

「このコは!」と何度か問い合わせたりしてみたんですが返信がなかったり、鳥取県を対象としている犬が少ないなどで、なかなかよい縁に巡り会えず。

が、出会いは突然にやってくるものですね。

先日、老眼鏡をつくりに出かけ(笑)、その眼鏡屋の近くにあるペットショップに何の気なしにふらっと立ち寄ってみたんです。

その店の奥にマシューはいました。

翌日、家族3人で会いに行き、迎え入れることを決めました。

生体展示販売という形式をとるペットショップというビジネスのあり方、そしてその背後にパピーミル(*)をはじめとするさまざまな問題があることは、詳しくはないまでも認識していて、だからこそ里親で探していたわけですが、初めて入ったペットショップで、いきなり出会ってしまったことに正直、縁を感じてしまったというわけでして。

契約時に確認するワクチン接種証明書で、生まれて半年の間に兵庫県神戸市 → 長崎県佐世保市 → 兵庫県美方郡と移り変わっているのを見て、「もう引っ越さなくていいんだよ。うちでずっと一緒に暮らそう」と、心で呟いてしまうおセンチなawでした。

なぜ犬と一緒に暮らすのか

マシューがT町ハウスにやってきてまだ数日。絶賛トイレトレーニング中です。

多分、来年の夏あたりに我が子のトイレトレーニングが始まると思われますが、それに先んじての、僕のためのトレーニングみたいな感じですね(笑)。

ところで、なぜaw家で犬を迎えることにしたのか、なぜそうしたいと思ったのか。

以下の3点に絞って、つらつらと書いてみたいと思います。


ケージ組み立て中に、和室を探索しているマシュー。シルエットがスノーウィぽいです

人生の喜びを最大化するため

トムは犬が好きです。彼女の実家にも犬がいます。

僕も犬が好きです。

(娘は、、、まだ好きでも嫌いでもないかも知れません。「まちゅぅ〜」と言いながら近寄っては、マシューに戯れられて「こわぃ〜」と言って逃げています)

要するに、僕とトムの頭の中にある家族という絵の中には、僕たちと、子どもと、そして犬がいたわけです。

娘はまだ幼いですし、まだまだ手がかかります。もし子どもが増えたら、さらに手がかかるようになります。

そこに犬を迎えるというのは、自分の首を絞めることになるのでは。

何人かの知人にそう言われました。まあ、確かにそうなんですが。

でも、毎日の暮らしが大変かどうかを決めるのは、自分自身です。それを不幸と感じるのか、幸福と感じるのかも、自分自身。

それに、負荷の少ない楽な人生が、イコール楽しい人生であるとは限りませんよね。

僕は今、自分の時間のほぼ全て、は言い過ぎですが、90%は家族のために使っています。ここで言う「家族」には当然自分も含まれているので、誰かのためにそうしているというわけではありません。

結婚し、子どもも生まれた今、そこに全力投球するのが、僕にとって人生の喜びを最大化することになります。

その「最大化」には、僕とトムの理想の家族の絵の中にいる「犬」が必要でした。

手もお金も時間もかかりますが、それが僕たちの幸せを最大化してくれるなら、何の問題もないわけです。

子どもの親友になってもらいたい

イギリスに、こんな古い言葉があるようです。

子供が生まれたら犬を飼いなさい。
子供が赤ん坊の時、
子供の良き守り手となるでしよう。
子供が幼少期の時、
子供の良き遊び相手となるでしょう。
子供が少年期の時、
子供の良き理解者となるでしょう。
そして子供が青年になった時、
自らの死をもって子供に命の尊さを教えるでしょう。

娘はまもなく2歳、まだ兄弟はいません。この言葉にあるように、マシューが彼女の「良き遊び相手」となり、「良き理解者」となってくれることを期待しています。

そして最後の「命の尊さを教えるでしょう」というくだり。

核家族化が進んだ現代社会では、離れて暮らす祖父母が亡くなっても、娘が大きな悲しみや喪失感に襲われるということは、彼女がもう少し成長していたとしても、少ないかも知れません。

個人的な経験で言えば、僕が12歳の時、母方の祖父が亡くなったんですが、そのことよりも、見たことがないほど母が悲しみ、力を落としている姿に衝撃を覚えた記憶があります。自分にとって本当に大切な存在が消えてしまう悲しみ、苦しさ、辛さを僕が経験するのはそれから10年後です。

僕たちや僕たちの子どもの世代は、自分の人生から大切な人がいなくなる=死ぬという、悲しいけれどもとても大切な経験を得にくくなっている気がします。

もちろん、マシューの死が目的ではありませんが、犬を家族として迎えるうえで、とても重要な点ではないかと考えています。

一緒にキャンプに行きたい

そして、やはりこちら。

ファミリーキャンプでもソロキャンプでも、僕とトムと子ども、そしてマシュー、家族みんなで一緒にキャンプに行けたら最高です!

(引用掲載した写真はソロキャンプ(に見えるもの)ばかりですが……)

(以上、引用は全てInstagramより)
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マシュー、今後このブログにもちょいちょい登場すると思います。

どうぞよろしくお願いいたします。

* パピーミル(Puppy mill)とは子犬工場を意味する英語。営利を優先し、粗悪な環境で大量に犬猫等を繁殖させるブリーダー。

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aw

Live in Tottori-Pref, JPN. Love Camp, Sandwich, Coffee, Beer and Scotch on the rock. Pursuing Self-Sufficiency Life.

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