『子どもの才能を伸ばす最高の方法モンテッソーリ・メソッド「自律した子」の育て方すべて』を読んでみた

かつて働いていた会社の同僚でもある友人が先日上梓しました。キャンプには全く関係のない書籍ですが、いま僕がもっとも関心をもって取り組んでいることのひとつ、「子育て」カテゴリーの本ということで、紹介したいと思います。

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将棋の最年少プロである藤井聡太さんが幼い頃に受けていたということで、にわかに注目を集めているモンテッソーリ教育。日本では未就学児が通う施設しかありませんが(*)、欧米には小・中・高校、そして大学まであり、多くの著名人を輩出しているそうです。

例えば、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン(Google共同創業者)、ジェフ・ベゾス(Amazon.com創業者)、マーク・ザッカーバーグ(Facebook創業者)、バラク・オバマ(元アメリカ合衆国大統領)、テイラー・スイフト(歌手)、アンネ・フランク(作家)などなど。

こんな名前のリストを見たら、多くの親が「わたしの子どもにも、モンテッソーリ教育を学ばせたい!」と思ってしまうのも無理もないかもしれませんね。

『子どもの才能を伸ばす最高の方法モンテッソーリ・メソッド「自律した子」の育て方すべて』

今回紹介する本を書いた友人とはFacebookでつながっており、東京/鳥取と離れてはいても、彼女が、僕と一緒に働いていた外資系のネット通販企業から金融業に転職したあと、モンテッソーリの教師に転身したことは知っていました。

彼女がFacebookに投稿するモンテッソーリ教育についての記事は目にしていましたが、本当の意味で関心を持って読むようになったのは、やはり自分に子どもができてからでした。

その投稿は、内容もさることながら感心してしまうほど読みやすく、彼女文才あるなぁと思っていたら、今年3月に彼女の本が出版されたというわけです。


画像出典:Amazon.co.jp

親は職業として子どもに接するわけではなく、子どもに接する際に、どうしても私情が入ってしまいます。誰もが均一に、同じ態度で子どもに接することはできません。だから、必要なのは詳細な教育方法や論理ではなく、どんな状況でも活かせるエッセンス、そしてそれを日常のなかで思い出せるシンプルな言葉、説明。

本書は、モンテッソーリ教育について簡潔かつ明瞭に、しっかりと整理して書かれているので、内容がすーっと頭に入ってきます。

理知的で論理的、サバサバとしつつも愛情溢れる彼女の性格がよく表れていて、読んでいると、なんとなく彼女が喋っているような錯覚に陥りました(笑)。

モンテッソーリ教育awまとめ

モンテッソーリ教育に関する本を読むのは、彼女の本で2冊目。当然、完全に理解したとは言い難い状況ですが、あくまで僕個人の理解でまとめてみると、

子ども一人ひとりの身体的・精神的な成長に合わせて、環境を整えて自立(自律)を促し、少し離れて見守り、必要があれば助ける

ということかなと。

僕としては、この「子ども一人ひとり」というところが、特に重要だと感じています。

みんなが違うことを教える

44歳の僕が思い出せる幼いころのできごとはそれほど多くはないですが、10歳を過ぎるころまで、勉強や運動などあらゆることが同級生に比べて遅れていて、「自分は何もできないんだ」と、自信というものにほとんど縁がなかったことは覚えています。

自信のなさ、自己肯定感の低さは、今も僕にこびりついています。

僕が娘を育てるにあたって、彼女にいちばん与えてあげたいのは、「自分は自分でいいんだ」という自信や自己肯定感。誰かと比べて優れていたり劣っていたりなど相対的に評価するのではなく、もし何も目立って秀でることがなくても、君は君であるだけで素晴らしいということ。

立派な人になってほしいとか、ビジネスで成功してほしいなんてことは1ミリも考えていません。彼女が生まれた時に感じた「健康で生まれてきてくれた、ただそれだけで最高」という思いは今も変わっていないし、だから彼女が自分に自信を持って堂々と生きてくれたらそれでいいんです。

それには、親の愛情がもっとも重要ですが、意識することなく多様性に触れられ、包まれているような環境での日常的な体験が欠かせないのではないか、大人になっていろいろな経験をするなかでそんなふうに考えるようになりました。

しかし。

娘が通う保育園で来年ひとつ上のクラスに進級すると、規定の服の着用と規定のカバンの使用が強制されます。

年齢や成長度合いにクラスを分けて、同じタスク(遊び)を与えて学ぶやり方は、様々な事情があってそうせざるをえないのかもしれません(もちろんメリットもあるでしょうし)。

ただ、真っ白な幼い子どもたちに同じ格好をさせて「同じであること」を強制する理由が、僕には分かりません。

体験、体感させるべきは、「みんなが違うこと」ではないのか。

そんなふうに思うわけです。

ちょっと脱線してしまいましたが(汗)、モンテッソーリ教育が多様性を重んじた設計になっていることに、強く共感したというお話でした。

.

(やや暴走してしまった)僕の個人的見解でこの本の評価が落ちるのは本意ではないので、興味のある方はぜひ、お読みになってみてください。

会社などでチームや部下をマネジメントする立場の方にも、発見がありそう。そんな普遍的な内容になっていると思います。

カスタマーレビューでの評価も高いです。

* 本書の出版記念イベントを様子を伝えるこちらの記事によると、日本にも小学校、中学校もありそうです。

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aw

Live in Tottori-Pref, JPN. Love Camp, Sandwich, Coffee, Beer and Scotch on the rock. Pursuing Self-Sufficiency Life.

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8件のフィードバック

  1. Say より:

    こんにちは。
    今日未明に地震がありましたが、ご家族や家は大丈夫でしょうか?
    私も広島という比較的近い地域に住んでいますが、幸い被害はありませんでした。
    まだ余震が続いているようなのでくれぐれもお気をつけてください。

    さて、今回ご紹介されている本(内容)ですが、簡単そうに見えて本当に難しいです。
    教師だった両親に幼少期より「前習え」状態で育てられており、一般的な道から逸れるということに非常に不安を持っています。(もちろん親の教えは一因であり、自分が元凶ではあるんですが)
    「子どものそれぞれの個性を伸ばす育児」ということ自体は頭では理解しているんですが、子どものしていることに対して瞬時の判断は「道から逸れない」ことがどうしても先にきてしまいます・・・
    「自分は自分でいいんだ」
    この言葉を頭に焼き付けて改めて子どもの前に立ってみたいと思います。

    • aw より:

      Sayさん、コメントありがとうございます!

      地震、こちらは震度2か3くらいでした。緊急地震速報で目が覚め、寝ている娘をすぐに抱きかかえられる体勢で身構えてましたが、起こして逃げ出すほどではなかったです。実際、娘はぐーすか寝てました。

      さて、子育てについては、まだ娘が比較や競争にさらされる以前の段階ではあるものの、すでに難しさを感じています。それはSayさんと同じ、自分の中にある問題ですね。

      たとえば、娘がLGBTなどの性的マイノリティだとしても、政治的にマイノリティの立場をとったとしても、文化的なマイノリティになったとしても、彼女が自分に自信を持って生きていけるかどうか。一方で、それを僕たちが理解し、支援できるかどうか。僕たち親と考え方や価値観が全く異なったとしても、それをきちんと受け止めて理解し、支援できるかどうか。

      まだまだ先のこととはいえ、妄想癖があるせいか(笑)いろいろなことを考えてしまいますが、結局、「彼女は彼女であるだけで素晴らしい」ことを忘れなければ、いいのかなと、そこに戻ってきますね。この記事を書いたのは、それを忘れないためでもありました。

      僕はいい加減な学生生活で家族に迷惑をかけたあと、地元で公務員になり両親や親戚を安心させたのもつかの間、退職して東京へ行き仕事を転々とし、、、かなり心配をかけたと思いますが、両親はたくさん言いたいことあったろうに、僕の選択には文句を言いませんでした。今考えれば、黙っているのはすごく大変なことだったろうなと思います。自分にもそれができるかどうか、ですね。

      • Say より:

        ご丁寧な返信ありがとうございます。
        改めて子どもに向き合ってみたものの何も変わらない自分がいました。そう簡単に人は変われませんね(笑
        私もこれから起こる子どもたちの変化に寛容に受け止められるか不安はありますが、あまり深く考え込まずにできるだけありのままの姿を受け入れていけるよう心に留めておきたいと思います。
        ふと立ち止まって自分を振り返るキッカケを与えてくれるawさんの記事には感謝しております!

        ちなみに、我が家の子どもたちもピクリともせず朝まで寝てました(笑

        • aw より:

          Sayさん、コメントありがとうございます!

          僕などは親歴2年のペーペーですので、壁、問題に直面するのはきっとこれからなんでしょうね。親としての僕の成長よりも、子どもの成長のほうがはるかに早くて、置いていかれそうです(笑)。

          一定の指針は定めつつも、ふだんから深く考え込むようなことはせず、リラックスして子どもと過ごす時間を楽しむのが一番なのかなーと思ったりしています。

          子育ては今後も親でいる以上、頭を悩ませるものだと思うので、ときどき感じたこと、思ったことをブログに書いてみたいと思います。またアドバイス等、よろしくお願いします!

  2. curu curu より:

    フムフムと読ませていただきました。
    うちには7歳と2歳の娘がいます。どちらもモンテッソーリの保育園です。
    長女はこの4月で小学2年生になりました。
    保育園であまりに個性豊かに育ったため、小学校に通い始めると、娘もわたしも戸惑うことがたくさんありました。
    学校の先生が一人ひとりの個性に寄り添うのは、なかなか難しいことだと思います。

    保育園で教わった「子どもを信じること」のたいせつさを日々、感じています。

    • aw より:

      curu curuさん、コメントありがとうございます!

      お二人の娘さんが実際にモンテッソーリの保育園に通われていた/通われているとのこと、また長女さんの卒園後の進学先でこれまでとは違う経験をされていること、すごく興味深いです。

      確かに小学校に上がれば教育指針や環境はガラリと変わるでしょうから、特にお子さんは困惑されたでしょうね。となると、成長しても進学しても唯一変わらない環境=家庭が大事というのは、この本にも書かれていることですが正にそのとおりなんですね。

      僕の暮らす鳥取県東部には残念ながらモンテッソーリ教育を受けられる保育園/幼稚園はありません(涙)。豊富な自然環境を生かした「森のようちえん」はいくつかあり、関心を持って調べた時期もありました。友人夫婦が運営している組織もあり、いろいろと話は聞くのですが、プログラム?カリキュラム?の点ではまだまだ発展途上と言いますか、基本的には「自然の中で自由に遊ばせる」ことを通じて様々なことを学ぶというものなので、僕たち親が自然の中に積極的に連れ出してあげたり(要するにキャンプ笑)、そんなかたちで、全く同じ経験をさせることは無理でも最低限のことはできるのではないかと考え、今は一般的な保育園に通わせています。

      僕たちが「モンテッソーリ・メソッド」を取り入れるとすれば、家庭の中でということになりますが、果たしてどこまでできるのか。僕の優柔不断な性格だと、一貫性のない振る舞いになりそうな気がして。。もう少ししっかり勉強して、きちんとした指針を持ちたいなと考えているところです。

      • curu curu より:

        豊かな自然の中で、子どもとの暮らしを楽しむ、awさんはもうすでに、日々の暮らしのなかで実践されているように思いますよ! わが家も要するにキャンプです(^^)
        おっしゃる通り、子どもを取りまく環境が変わっても、わたしたち親が揺らぐことなくどっしりと構えていれば、それでいいんだと思います。
        子どもとの暮らしを見直す良いチャンスをいただきました。ありがとうございます!

        • aw より:

          curu curuさん、コメントありがとうございます!

          うーむ、実践できていると胸を張っては言えませんが、庭があり晴れや雨や雪を日々体感できる、且つ外気温と室温がほぼ同じという家(笑)に引っ越したことで、子どもも多少は自然を感じながら暮らせているのかもしれません。

          僕が小さい頃、親に悩みや揺らぎなんて感じなかったですが、自分が大人になり、そして親になってみると、いつも悩み、揺れまくっていたんだろうなと分かります。今の自分もそうですし。中心となるものをしっかりと持って、そこだけはブレないようにしていきたいと思います。

          こちらこそ、いつもありがとうございます!

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