「シン読解力」を読んでみた

最近読んだ本の中で、色々と考えさせられたのがこちら。

シン読解力

シン読解力」はその名のとおり、読解力について書かれた本で、Podcastか何かで興味を持ち、ポチった一冊です。




読んで理解するのって難しい

突然ですが、問題です。

Q1. 次の文を読みなさい。
アミラーゼという酵素はグルコースがつながってできたデンプンを分解するが、同じグルコースからできていても、形が違うセルロースは分解できない。
この文脈において、以下の文中の空欄にあてはまる最も適当なものを選択肢のうちから1つ選びなさい。
セルロースは( )と形が違う。
1.デンプン 2. アミラーゼ 3.グルコース 4.酵素

みなさん、答え分かりましたか?

正解は文末に記載していますのでご確認ください(ちなみに僕は間違えました)。

この問題は「シン読解力」の著者である新井紀子氏が提唱、実施しているリーディングスキルテスト(RST=Reading Skill Test)、つまりシン読解力を計るためのテスト問題で、正答率はかなり低かったようです。様々なメディアで取り上げられたらしく、「アミラーゼ構文」として知れ渡ってしまったので現在は問題として採用していないとのこと。

ではもう1問。

Q2. 次の文を読みなさい。
幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。
上記の文が表す内容と以下の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。

1問目が難しかったので、やや身構えて2問目に向かわれた方もおられるのではないでしょうか。そして「あれ、今度は簡単な問題だけど……もしかして引っ掛け問題?」と思われているかも知れません。

いえ、これはかなり単純な問題でして、答えは「異なる」です。

ところが先述のRSTで出されたこの問題に正答できた中学生はなんと57%(調査数857)だったというのです。

シン読解力とは

このRSTで計っているシン読解力とはいったいなんでしょう。

本書の中で、新井氏は世間一般で考えられている読解力(以下、ふつうの読解力)とは異なるとして一線を引き、明確に分けるために「シン」という冠を載せています。

僕たちが読解力と聞いてイメージするもの(ふつうの読解力)とはこういう感じじゃないでしょうか。

読解力とは「文章を正確に理解する力」を意味します。書かれた文章から、登場人物の気持ちを推測したり、筆者の考えを正確に読み取ったりする能力です。「行間を読む」という慣用句があるように、筆者の本意が文章に書かれていないことがあります。使われる言葉から、文章に書かれていない部分を読み取る力も読解力に含まれるのです。
— 出典:すらら

これに対して、新井氏が提唱するシン読解力は、導かれる結論が一つしかない、複数の解釈ができない文章を正確に理解する力のこと、と定義されています。

新聞や辞書、取扱説明書に書かれているような、知識や情報を正確に伝えることを目的とした、論理的で端的に組み立てられた文章を正確に理解する力であるとし、以下の表のように6つに大別されています。

係り受け解析 文の基本構造を把握する力
照応解決 代名詞などが指す内容を認識する力
同義文判定 2つの文の意味が同一かどうかを判定する力
推論 論理的に推論する力
イメージ同定 文と非言語情報(図表など)を正しく対応させる力
具体例同定 (辞書)辞書の定義を用いて新しい語彙とその用法を獲得する力
(理数)理数的な定義を理解し、その用法を獲得する力

なにやら難しげですが、要は書いてあることだけを正しく理解すれば良く書いてないことまで理解を求められるふつうの読解力よりは簡単そうに思えます。

ところが意外とそうではありません。

言語能力には、文脈や相手の表情、身振りなどによって理解する生活言語能力(BICS – Basic Interpersonal Communicative Skills)と、学習や仕事の現場で使用される学習言語能力(CALP – Cognitive Academic Language Proficiency)の2つに分けられるという考え方がありますが※1、生活言語能力の方が習得しやすく、学習言語能力の獲得ははるかに困難だとされています。

文脈を読む力というのはそれほど難しいものではなく、むしろ論理的に組み立てられた文章を理解する方が実は難しい(場合が多い)ようなのです。言語能力は読解力とは異なるものですが、この点については同じように考えることができるかも知れません。

さらに。

RSTを子供から大人まで多数回実施して得られたデータによれば、中学生以上の受験者のスコアには差異がない、つまり年齢や経験を増していってもシン読解力は向上しないことが分かっているということなんです。

えー!

ただし、何をしても無駄というわけではなく、適切なトレーニングを受ければシン読解力は向上すると新井さんは述べられています。

ふつうの読解力について書かれ、高い評価を得ている「読めば分かるは当たり前?――読解力の認知心理学」の著書、犬塚美輪氏も「鍛えれば身に付く」と主張されていてます。ただしこちらも、自分が保有する読解力を因数分解し、弱点をあぶり出して適切な内容のトレーニングが必要と指摘しています。

希望はあるわけですが、今の僕たちの暮らしは適切なトレーニングを受けるどころか、ふつうの読解力もシン読解力も低下させる、そんな状況になっていないでしょうか。

「ヤバイ」※2に象徴されるように日常生活で使われる語彙は減少し貧相にもなり、主なコミュニケーションで使われるのは短文とアイコン。SNSに投稿された文章が全て論理的で端的な文章であるとは言えませんが、だとしても一定以上の読解力を身につけているであろう人々が、明らかな誤読や飛躍した解釈から見知らぬ他人を誹謗中傷したり、罵倒したりと激しい応酬が繰り広げられている様子は、もはやSNSの日常の光景です。

先に掲載した問題の中学生の正答率の低さ、そして訓練なしではふつうの読解力もシン読解力も高まらないのであれば、SNSでの光景は当然の帰結と言えるかも知れません。

しかし、SNSでのケンカならまだマシで、これが学業や職場の業績に直結しているとしたら、どうでしょう。

新井氏はシン読解力と成績、そしてその後の就職や賃金の多寡には非常に強い相関関係があるとし、その根拠として本書で繰り返しデータを提示しています。

それはおそらくシン読解力そのものだけではなく、何かを読む=理解しようとする前に生じている現象にこそ大きな課題があるからではないか。本書後半でそのことに書かれた部分を、個人的には重い裏テーマとして受け取りました。

より考えさせられたもの

少し長いのですが、引用して書き出してみます。

たとえば、「先生の指示のとおりに課題に取り組む」というシーンを考えてみましょう。
先生が口頭でこんな指示をしたとします。
「××ページの『◯◯の値』を求めて、表に書き入れましょう」
よくできる子にとっては朝飯前の単純な課題です。「『◯◯の値』を求めて、表に書き入れる」ことに直接関係する負荷が課題内在性認知負荷※3です。
では、この場合の課題外在性認知負荷※3にはどんなものがあるのでしょう。先生の話に意識を集中する、先生の声(音)を文字変換する、教科書の××ページを開く、××ページに書かれていることに集中する、などです。
まず「××ページ」という数字を聞き取るところで5%くらい脱落します。実際に教科書の××ページを開くというところでさらに10%くらい脱落します。「◯◯の値」というのは、そこまでの授業の文脈から理解できるはずですが、「何の値を求めればいいか」がわからず、さらに10%くらい脱落する……大げさのように聞こえるかもしれませんが、実際の中学1年生の授業を観察しているとそのような印象を受けます。(181Pより)
(中略)
教科書の指定されたページをさっと開く、指定された情報を目で検索してそこに集中する、鉛筆や定規などを使いこなす、時計を見て残り時間がおよそどれくらいかわかる、といったことです。一つひとつは些細なことに見えますが、負荷が重なるとそれだけでワーキングメモリはいっぱいになり、課題そのものに割く余裕がなくなります。(183Pより)
文章内※印はawが付記したものです。

このワーキングメモリ※4については、異なる意味としてではありますが、先述の犬塚美輪氏も著書の中で指摘しています。

よく、言葉を覚えるには辞書を引いた方がいいと言います。本棚の中から辞書を見つけて引き出し、辞書を開き、開いた場所が目的の言葉の前なのか後ろなのか判断し、ページの柱※5を見ながら言葉を探し、読んで理解する。こうした認知負荷を含む一連の作業が脳への適度な負担となり、記憶の定着を促すからです※6

しかし、先述した新井氏が中学校で見た、こうした作業負荷が過度な負担になってしまう人にとっては、多くのワーキングメモリを消費する要因となります。目的のページを開いた時には読解する元気がなくなっているのです。ワーキングメモリが枯渇している人に対して、「しっかり読んだら分かるよ、さあ、もう一度」などと言っても意味がなく、問題の解決には至りません。

つまり「読み間違えている」「理解できていない」といった最終的な現象だけに注目して読解力を鍛えようとしても、問題はそこ以外に存在している可能性があるというわけです。

これは読解力だけに言えることではなく、子供の学習だけでなく、大人の仕事や家事など、様々な場面で応用できる知識だと感じます。

例えば、苦手意識を持っている定例の仕事がある場合、仕事の核心部の前段階に自分が苦手とする作業があり、本丸に到達する頃にはすでにワーキングメモリを大量に消費してしまっているといったケースです。作業を分解して、ワーキングメモリ回復のための時間がとれるようにスケジュールするなどの対策がとれるかも知れません。

このあたり僕は完全なシロウトなので迂闊なことは書けませんが、自分の分かる範囲、できる範囲で少し深掘りしてみようかなと思っている次第です。

Q1の答えは「デンプン」です。

  1. 出典:ELEC「Jim Cumminsの「BICS」と「CALP」」(2026年7月21日最終閲覧)
  2. DIAMOND online「子どもが「ヤバい」を連発…日本人の読解力低下が止まらない理由
  3. 「今、取り組もうとしている本丸の課題」そのものを解決する上でかかる「課題内在性認知不可」と、それ以外でかかる「課題外在性認知負荷」があります」(出典:「シン読解力」180Pより)
  4. ワーキングメモリ:私たちは日常生活において、会話中に相手の話を理解しながら自分の返答を考えたり、文章を読みながら少し前の内容を思い出したり、あるいは、店舗接客業の方であれば、お店で品出し作業をしている最中にお客様に質問されて対応した後、元の作業に戻ったりなどと、情報を短時間記憶しながらさまざまな作業を行っています。このような、いわば「脳の作業台」のような働きを担っているのが「ワーキングメモリー」です。別の言い方で「作業記憶」とも呼ばれます。(出典:健康サイト「ワーキングメモリーとは?短期記憶との違いや発達障害との関係、鍛える方法の有無を解説
  5. 辞書のページの肩部分に書かれている、ページの内容を示す文字情報です。
  6. Roediger, H. L., & Karpicke, J. D. (2006). Test-Enhanced Learning.

aw

Live in Tottori-Pref, JPN. Love Camp, Sandwich, Coffee, Beer and Scotch on the rock. Pursuing Self-Sufficiency Life.

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